裂田溝

さくたのうなで

約1,300年以上前に作られた人工の用水路です。
開削の記載もある『日本書紀』には、神功皇后が戦の勝利祈願のために神田を開き、その田に水を引くために掘った溝であるとされています。
溝を掘っている途中、巨大な岩が出現し、それ以上掘れなくなってしまいました。そこで神功皇后の従者であった武内宿禰(たけうちのすくね)に祈祷をさせると突然雷が巨大な岩に落ち、岩を裂きました。それにより、無事用水路が完成し、現在でも田畑に水を引くために利用されています。この伝承に登場する岩は、安徳にある裂田溝神社裏手一帯の岩盤だと考えられています。

基本情報

住所 福岡県那珂川市山田541-1
電話番号 092-952-2092(那珂川市役所 文化振興課)
アクセス情報 ・電車でお越しの場合
JR博多南駅から徒歩約55分
・お車でお越しの場合
国道385号を経て現地
ウェブサイト 関連サイトはコチラ

※施設情報が変更される場合があります。最新情報は各公式サイト等をご確認ください。

"ご来福"で願いを叶えよう "ご来福"で願いを叶えよう

日本書記の中では、神功皇后が新羅出兵に際し、神をお祀りするために神田をつくったエピソードが書かれています。皇后は神田に水を引くために那珂川から溝を掘らせましたが、とどろきの丘(※現在の安徳台 あんとくだい)まで溝を掘ったところで大磐(おおいわ)がふさがって溝を通すことができませんでした。そこで、皇后は武内宿禰を召して剣と鏡を捧げて神に祈らせたところ、雷が激しく鳴ってその磐を蹴り裂き、溝が通りました。そのため人々はその溝を「裂田溝」と呼んだと書かれています。裂田溝は、現在もなおこのエピソードにまつわる歴史的な景観を残しながら、現役の用水路として活躍する貴重な史跡です。また、コイ科の淡水魚であるニッポンバラタナゴやヤツメウナギ科の淡水魚であるスナヤツメなどの希少な生き物も確認されています。
水路の一部には遊歩道や公園が整備されており、特に安徳地区のカワセミ公園から裂田神社にかけてつくられたウッドデッキからは、約9万年に噴火した阿蘇山の火砕流でできた地層を見ることができます。その場所を大きく掘り抜き、水路を通している風景は圧巻です。

SHARE

エリア
福岡エリア
カテゴリー
歴史的建造物・町並み・庭園

周辺にあるスポット 周辺にあるスポット

このページを見ている人は、こんなページも見ています このページを見ている人は、こんなページも見ています

このスポットの関連記事

当サイトでは、利便性の向上と利用状況の解析、広告配信のためにCookieを使用しています。サイトを閲覧いただく際には、Cookieの使用に同意いただく必要があります。詳細はクッキーポリシーをご確認ください。
ページトップへ