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福岡県内「官兵衛」が熱い!「官兵衛」ブームを盛り上げる!福岡黒田武将隊・福岡黒田武将隊+(プラス) 新幹線駅で選ぶ福岡のお土産 福岡の港を楽しむ

大河ドラマ「軍師官兵衛」がいよいよ舞台を福岡へ

NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」では、「中国大返し」から「四国攻め」「九州征伐」などの戦いで官兵衛が「軍師」として本領を発揮するこれからが面白さを増していく。ドラマ進展とともに福岡県内の官兵衛ゆかりの地がクローズアップされ、県内外からの観光客の訪れが期待されている。官兵衛ブームの盛り上げ役「福岡黒田武将隊」「福岡黒田武将隊プラス」やお馴染みの「ふくおか官兵衛くん」たちがまちに繰り出し人気上昇中。

「ふくおか官兵衛くん」や「福岡黒田武将隊+(プラス)」とともに福岡を盛り上げようとユニット「官兵衛ガールズ」も大活躍
依頼に応えて各地のイベントにも参加する「福岡黒田武将隊+(プラス」」

神出鬼没の「福岡黒田武将隊」と「福岡黒田武将隊+(プラス)」会ったときは声を掛けてね!

「福岡黒田武将隊」と「福岡黒田武将隊+(プラス)」っていったい何者?  「福岡黒田武将隊」のメンバーは、福岡のまちを盛り上げるために“タイムスリップ”してやってきた、“神出鬼没”の黒田官兵衛、黒田長政、銀時(官兵衛、長政に仕える架空武将)、源(商人)の4人。これに「官兵衛ゆかりの地福岡」を更に盛り上げるため、あらたに「福岡黒田武将隊+(プラス)」が登場した。「福岡黒田武将隊+(プラス)」は、井上九郎右衛門(井上之房)・母里太兵衛・後藤又兵衛など5名の黒田家家臣、豪商の神屋宗湛、ライバル武将の立花宗茂と宇都宮鎮房を加えた計8名で結成されている。

福岡黒田武将隊
左から、源・黒田官兵衛・黒田長政・銀時
福岡黒田武将隊
福岡黒田武将隊+(プラス)
<出演依頼・お問い合わせ先>
「ふくおか官兵衛くん事務局」
〒812-0013 福岡市博多区博多駅東2-5-28 博多偕成ビル7階
TEL 092-260-9072  FAX 092-260-9071
福岡黒田武将隊(福岡市)
<出演依頼・お問い合わせ先>
http://fukuoka-bushoutai.com/

福岡市博物館 特別展「軍師官兵衛」7月26日~9月21日まで開催

官兵衛の「赤合子」をはじめゆかりのお宝がいっぱい
戦国動乱の世に織田信長・豊臣秀吉・徳川家康、3人の天下取りの行方を左右した軍師・黒田官兵衛。所蔵の黒田家資料に加え、全国に散らばる官兵衛ゆかりの文化財を一堂に集合。戦場で恐れられた官兵衛の赤合子など、官兵衛ゆかりの品々を展示。
特別展「軍師官兵衛」ポスター
場 所 福岡市博物館
住 所 福岡市早良区百道浜3丁目1-1
時 間 9:30~17:30
入館は17:00まで(7,8月は日祝日を除き19:30 入館は19:00まで)
休館日 月曜日
(月曜日が祝休日の場合は開館、翌平日休館)
電 話 092-845-5011

福岡城むかし探訪館「福岡城軍師官兵衛ドラマ展」3月26日~12月28日まで開催

ドラマに出てくる衣装や小物、登場人物の紹介画像
福岡藩祖・黒田官兵衛、長政父子によって築城された「福岡城」で、大河ドラマ「軍師官兵衛」で使用した衣装や小物、パネル等を展示。ココに来れば登場人物やドラマのストーリーがよくわかる。
福岡城むかし探訪館
場 所 福岡城むかし探訪館
住 所 福岡市中央区城内1-4
時 間 9:00~17:00(7・8月は19:00まで)
休館日 年末年始(12月29日〜1月3日)
電 話 092-260-9572(福岡城軍師官兵衛ドラマ展事務局)

ドラマ進展とともに深まる官兵衛と福岡

天正14年(1586年)、大友宗麟は島津氏の侵攻に耐えきれず豊臣秀吉に援助を求め、官兵衛は秀吉の先遣隊として九州豊前に上陸し、宇留津城(築上町)、香春岳城(香春町)などを陥落させる。翌3月には島津義久の軍勢と戦い、戦勝に貢献。戦後は石田三成とともに博多の復興(太閤町割り)を監督した。九州平定後の天正15年(1587年)7月、本拠地の馬ヶ岳城(行橋市)をはじめとする豊前国の中の6郡、馬ヶ岳城(行橋市)およそ12万石を与えられ、その直後に中津城の築城を開始。翌16年1月頃、中津城が完成。天正17年(1589年)5月、家督を嫡男・長政に譲り、官兵衛は秀吉の側近として仕えることに。 文禄元年(1592年)、秀吉の朝鮮出兵の文禄の役のころ「如水円清」と号して出家した。

慶長3年(1598年)8月、豊臣秀吉が死去し、慶長5年(1600年)、秀吉亡き後の主導権をめぐって徳川家康と石田三成の間で天下分け目の関ヶ原合戦が起こる。

小倉城(北九州市小倉北区)長政は手勢を率いて家康側の東軍に参加し、兵がいないにもかかわらず如水は蓄財で浪人9千人を集め、九州内で西軍側の諸城を次々に攻略する。福岡県内でも毛利定房が守る香春岳城(香春町)、毛利吉成の小倉城(北九州市小倉北区)、毛利秀包の久留米城(久留米市)、立花宗茂の柳河城(柳川市)など次々に西軍側大名の城を開城させた。九州の関ヶ原ともいわれる戦いだった。

 関ヶ原の合戦の後、長政が家康から筑前国名島(福岡市東区)52万3千石を与えられ、如水は隠居をはじめる。  福岡城の居館が完成するまで太宰府天満宮内(現・太宰府市)に庵を設け、築城のための良材を求めて三郡山(飯塚市)へ行き、たびたび西光寺(飯塚市)に宿泊したといわれている。

【上】如水の井戸(太宰府市)【下】西光寺(飯塚市)
  

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